接待所 : まんだら 十川 まり子●接待所情報 その十 平成十二年六月十五日
川 和彦さんからメッセージを頂きました。
常に遍路礼に助けられる
わが事のみ生きし我恥じるのみ
月にうすき雲かかり
月に黒き雲かかり
そして月のみ光り輝く
我が心も亦しかり
枯葉がつれだって舞い落ちて行く 何もかたらずに
湖水に写りし小山の木々よ
鏡に写りしかおだやかなり
我心もさにありたき
遍路とは,我が心を探る旅なり
やさしさ(接待)と戒めは,心の中をゆれ動く
川 和彦
歩きお遍路を続けている通称:中ちゃんと遍路暦100回以上の宗厳さんのお二人によって、善根宿もトイレ・自炊用流し・シャワー室・善意でいただいた古畳の部屋などすっかり清潔に整えられてきました。女性の歩き遍路さんなどにもお泊まり頂けるほどになりました。後から来られる お遍路さんたちがしばし疲れを癒し、また旅に出られる様にと・・・お二人のお遍路さんに感謝。
そして善根宿:まんだらの看板ができました。 筆字は学生のお遍路さん:山幸さんによるもので、木彫りは前出:宗厳さんの作。 なかなかに味のある看板ができました。
この宿が延々と続くお遍路道の一服のオアシスたらんことを願って・・・
合掌
善根宿が完成しました。小柳さんから今の宗厳さんとお遍路さんの努力で,出来たと思っています。
そして,看板も宗厳さんが手彫りしてくれました。
合掌
宗厳さんは北海道の人で、お四国は100回のつわもの。
88ケ所のことで知らない事はありません。
その彼が善根宿にはお大師さんが不可欠というので、いろいろ仏具屋さんをさがしましたが、,気に入る
大師にはお会いできませんでした。
たまたま5月21日,久しぶりに善通寺さんにおまいりしました。
御影堂を出て近くの仏具屋さんにはいりました。
店の中には誰もいなかったのですが、なんとなく仏像をみていたら、奥の方に小さな御大師さんを見つけました。
近所から帰った店員さんに、
(いくらですか?)
(ちょっと待ってください.聞いてきます。)
(おがんでもらえるならさしあげます)
というわけでーまんだらーに御大師さんがやってきました。
その次の日にまんだらに泊られたお坊さんの言。
(昨日は21日ー御大師さんの誕生日にこられたんやな。)
小柳さんは、また遍路旅にでました。ふりかえってみれば、彼の助けがなければ、わが善根宿は誕生出来なかった
かもしれず、ただひたすら感謝です。
善根宿(無料の遍路宿)をオープンしてはや2ケ月。
試行錯誤しているときに来たお遍路さん.元極道(30才)のお遍路さんです。
聞けば、1年前に足をあらい懺悔の旅を2月からしているとのこと。
彼の小指はありません。
が、背中・肩・尻には刺青がありました。
●接待書所情報 その六 平成十二年三月十六日
芸名 soraさん
ギター1本で日本全国歩き旅を実行中です。
この旅を始めて、もう三年目になります。
入院中は自分の体を憎んでいましたが、 今は生きていることに満足しています。
この八十八ケ所巡りも、今回2回目となりますが、
みなさんのあたたかい心に感謝する毎日です。
本当にありがとうございます。
四国の人達へ『南無大師遍照金剛』
愛媛県松山市のSOさん
コヤナギさん(前出:その一/その二)に拾われてここにきました。袖ふれあうのも他生の縁。
出会いを大切にしたいので、歩みも随分遅くなりました。
足を動かす時間と口を動かしている時間.どっちが長いかわかりません。
でも口を動かす時は耳も立てておりますので、いい勉強させてもらっております。
私はこの勉強が歩き遍路のご利益と考えています。お大師様の道は確かに霊験明らか
ご利益(目に見える)あるとは多々聞いており、私もそうおもいます。
しかし願うご利益は信仰につながる願いに絞った方が、お大師様も助けがいがあろうかとおもいます。
神仏は非礼を聞かずとかもうしますので・・・・・・・
それと歩き遍路さん。
私ごときがこの様な事書くのは失礼とは存じますが、事情が許されるなら、車のお接待は受けられた方が良いと思います。
内地(本州)でヒッチハイクしたとして、誰も車を止めない事はザラにあること。
お大師様(遍路さん)の助けになれば・・・・という好意を表に出すのは勇気のいる事です。
托鉢で人様の家の玄関に立つのと同じ位勇気のいる事ではないでしょうか?
托鉢の御経験のある方は特に心得てください。
説教じみた事かいてすいません。
SOさんはワラジを履いて遍路しています.
スーパーワラジだそうです。
ナイロンのロープで編むそうです。
午前11時ごろ3人の女性来たる。
聞けば,一人はお遍路さんで、あと二人は道隆寺への案内人。
お遍路さんは栃木県の74才の方で,昨夜善通寺にて善根宿の接待を頂き、
今日,道隆寺までー善根宿の主と、その友人がー案内するという。
午前12時昼食のため車を用意していたら、さきほどの女性二人が帰りの歩き。
私たちも善通寺に行くので、同車をお勧めしました。
その時の話し「功徳があって、車で帰れます」
なんとも、ほのぼのとしたお四国でした。
HTさん 41才 徳島県板野郡
「遍路ノート」より
今日は善根宿ーまんだらーで二人目の遍路です.明日は道隆寺へむけて歩いていきます。
久しぶりの布団で、今夜はゆっくりねむれます。
またここへよることもあると思うので、その時はよろしく!!
PS.遍路は歩くことが仕事です!!
HKさんは3回目の歩きお遍路さんです。ほとんど無人駅か,野宿だそうです.声が大きくて,目つきが鋭く、ちよっととっつきにくい印象。
でも、よくしゃべってくれました.以下記します。
自分は霊感が強く,21の時友人6人で幽霊の出るという廃墟のモーテルへ行った。3人は何も感じず,残りの1人は吐き気をもよおし退散、2人目は何かを感じるが見えず。
自分は見たー二階の窓から髪の長い女性が、こちらをみていた。ふっと下の駐車スペースの側の柱の横で、しゃがんでこちらを見ている男。
という具合です.聞いてて背中がゾクットしました。
そんなHKさんでも言います。「ヤバイ所があるんや。それを感じたら,絶対近ずかん。」
HKさんは結願後,また逆打ちで廻るとのこと。お待ちしています。
その日の午後3時ころ、ふと外を見みると小柳さんがこちらを見て合掌していました。
私達はその後の天候不順もあり、ずっと彼のことが気になっていましたので、びっくりするやら、安堵するやら、接待所はパニックになりました.聞けば私の両親のことが気になって、一宮寺(第83番)から引きかえした、とのこと。とりあえず今夜はふたたび当家に宿泊ということになりました。
再会を喜び、、両親の施術を終えて、団欒。
話しはヒョンなことから、善根宿の設置にすすんでいきました。
平成十二年二月十日
朝早くから小柳さんと妻と社員Nさんは大工さんです。夕方には五分方、施設は出来あがりました。その時、若いお遍路さんがやって着ました。
以下は彼の「宿泊ノート」より記載します。
YM 21才 大阪府堺市
平成11年12月12日より大阪を出発して、善通寺まで約2ケ月かかりました。私は元自衛官で、四国にご縁があって、職をやめ四国遍路の旅をしています。もともと、私は旅行が好きで、さらに歴史好きがこうじて、旅の基本「徒歩」の旅にたちかえる事を考え、前述したように四国にご縁があり,一大決心をして今に至るわけですが、この間色々な体験をしてきました。おもしろかったこと,辛いこと、よこしまな考えを抱いたこと、そして不思議な事もありました。もともと信心のない私が、各寺でお勤めするようになったのは、この不思議な事のおかげです.特にインパクトの強かったのは、椿堂(常福寺)での出来事でした。2月5日、三角寺をこえ、その日は納経所のひとにたのんで、通夜させて頂いたのですが、翌朝未明、布団のなかで丸くなって寝ていたのですが、突然背中にゾクゾクゾクッと本当にものすごい悪寒がはしったので、ふりむくと私のすぐ左脇(布団の横)に誰かがうずくまっていました.私は金縛りになり、声も出ず、さらにそいつは私の目前におおいかぶさる様にして私を見ていました。その顔は大きく、溺死した人間の様にはれていて、その顔には不釣合いに、小さな目が付いていました.私はただ心の中で般若心経を唱えていたら、しだいに声が出て、体が動くようになり、そいつに向かって「どけっ!」と言って腕でふりはらうと、もう前にはなにも無くなってしまいました.私はまた横になったんですが、今度は後ろから体が突き抜けるくらい、メチャクチャ強い視線を感じました。さすがに少し気持悪かったので、,ふりかえれずにいたのですが、そのうちその視線も感じなくなり、そのまま寝てしまいました。もともと私には霊感や、そういっ類のものはなく、またあんなものをまともに見たのも初めてなんですが、なぜか般若心経を唱えていたら,怖くも恐ろしくもなかったです.般若心経のパワーは本当にスゴイと痛感しました。その他にも,首をしめられる夢をみたり,川で地蔵さん拾う夢を見たり(詳しくは東洋大使の遍路日記帳を見てください。)いろんな不思議な体験をしました.世のなかで陰と陽という言葉がありますが,陰幽霊ー成仏できない魂を目のあたりにした私には,陽ー仏・神・そのような存在も、なんとなく信じられる,今日このごろであります。
PS.四国遍路,本当は修行の旅であるはずが,私には楽しい旅になってしまいました.いろんな出会いがありました.四国の人には本当に感謝しています.尚,僕は生きていて、ほんとうに楽しいナァと再確認
致しました。
小柳さんは五年前の阪神大震災で奥様、娘夫婦、3人を亡くされました。当初、半
狂乱の日々が続きましたが、供養のため四国遍路を思い、同年四月に淡路島から徳
島に入ったそうです。
初めての四国、勿論初めての遍路旅、しかも自転車でのお遍路。地図もなく右も左
も判らず、人に尋ねることの毎日だったそうです。しかし、それから五年経ち、今回は
七度目の遍路旅になるのです。
昨日は第六十六番雲辺寺の軒下に泊まり、朝六時半に出発し、こちらの接待所に
着いたのは三時頃でした。この間の距離 キロ。下りの道とはいえ、非常に速いと
思います。聞けば、平地であれば、1時間で20キロ、1日100キロ走るそうです。
お話をしていて、今夜は当家にて宿泊して頂くことになりました。以下はその談話で
す。
「(ウチラ)・・彼は自分をこう言います。ウチラ自転車でお遍路してますけど、苦しい、し
んどい、と思ったことは一度もありません。いつもお大師様が後ろから押してくださいま
す。一度も事故にもあってないし、病気にも一度もかかってません。そりゃーもう回って
ますと、口では言い表せない不思議なことがいっぱいあります。」と、言って思い出す
ように目を閉じた。
その後は、お逢いしたご縁にと、父、母、妻そして私に、善光寺直伝の加治祈祷の
法を施してくださいました。父(80歳)は三年ぶりに胡座ができ、母(78歳)は五年ぶり
に正座が出来るようになりました。
翌日は暖かく、空もよく晴れ、小柳さんは次の再会を約して、出発しました。無事高
野山まで巡拝されますよう、心よりお祈り申し上げます。
合掌
接待所情報 随時 追加していきます。
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