コラム記事:【あんちゃんのバーチャル遍路記】

 〜一歩進 店長 あんちゃんのバーチャル遍路記〜

                〜はじめに〜   
 徳島県鳴門市、板東駅から北へ10分程歩くと、四国八十ヵ所一番札所霊山寺があります。

 去年の春、僕はここにいました。霊山寺の駐車場にある東屋(あずまや)で数日間野宿して五順目六順目の遍路旅をしていたんです。

 今年はプライベートでの遍路旅ができそうにないので、頭の中に刻み込まれたへんろ道の風景を頼りに、妄想の中で四国遍路を楽しみたいと思います。 題して「バーチャル遍路旅」お暇な方は覗いてみてください!



23日目(種間寺〜宇佐の公園)テント泊 2004年08月03日(火)

  23日目(種間寺〜宇佐の公園)テント泊


昨夜は快適に眠れました。 種間寺の通夜堂はシャワー完備なんで、寝る前にシャワーをあびてすっきりしたよ。
お参りとお礼をするため納経所に顔をだすと、三つ編みをしためがねっこの歩き遍路さん発見! 横浜から来たそうで通し打ちらしい。 旅の道づれゲット! 今日は彼女と一緒に歩きま〜す(^。^)


さて、まずはニックネームを「みよちゃん」と決める。そんでもって自己紹介して相手のでかたを探る。 彼女は見た感じおとなしそうでインテリチック、年齢は25歳ぐらいだろうか?心を開かすのに苦戦しそう。こんな時は 先制攻撃にかぎる。「何歳なん?」と聞いてみると僕より年上でした。 ありゃ〜若くみえるわ。 


みよちゃんは頭に太龍寺のてぬぐいを巻いている。僕が以前から欲しかったやつ、、、。僕は思い切って「それちょうだい!」とお願いしてみた。しかしみよちゃんも気に入っているらしく中々首を縦にふらない。 あきらめきれないので交換をお願いした。早速ザックの中を探ると「般若心経てぬぐい」がでてきた。 これじゃあ交換してもらえんだろう・・。 次に「海岸寺の十三仏てぬぐい」、、これもパンチが足りないなぁ。 仕方ない、あれをだすしかないようだな。お気に入りの逸品、黄地に赤で椿の絵が描いてある「椿堂てぬぐい」!!これは出したくなかったが、、僕はみよちゃんの「太龍寺てぬぐい」をはぎ取って強引に交換したのでした。


仁淀川大橋を渡り土佐市に入る。念願の「太龍寺てぬぐい」も手に入ったし上機嫌で歩く。みよちゃんは「私、黄色似合わないんだよな〜」と不満気味。 高知自動車道の高架をくぐりみかん畑を抜け三十五番札所清滝寺に到着。山門を見上げると龍の絵が描いてある。しばらく石段を上がり境内に入ると大きな薬師如来が! このお寺は行基菩薩が開創したお寺で「繹木寺」と号していました。後にお大師さんがこの寺の山中で修行中に杖でコンコンしたら清水が滝のように溢れでたから「清滝寺」と改名したそうです。


本堂の隣にはきれいな休憩所がある。ここは通夜堂にもなっていて一昨年できたばかり。男女別の部屋があり、お遍路さんの為によく気配りしてくれてることがうかがえる。 清滝寺までの車道は急勾配の狭い坂道で、大型車は登ってこれない。団体バスも下の駐車場からタクシーに乗り換えて往復しないといけない。そんな事情もあって境内の片隅には火災が起こったときのために自衛消防車が待機してある。しかしかなりレトロな消防車、動くのかしら?。納経所前からの眺めは絶景でさっき渡った仁淀川大橋や遠くには太平洋が一望できる。ここにも日除けと長椅子を置いてくれている。 ホントに親切なお寺さんだよなぁ〜。


清滝さんでゆっくり休ませてもらい出発! みよちゃんの経歴を探りながら歩きはじめる。みよちゃんは「太龍寺てぬぐい」を奪い取った仇であるもある僕に色々話をしてくれた。 みよちゃんはアメリカに留学して看護婦さんになりアメリカで10年間生活していたそうです。 だから英語ペラペラ(実際に喋ってるのを聞いたことないけど)かっこいいね! 


塚地トンネルの手前で休憩。ここで作戦会議、このままトンネルを抜けるかトンネル上の塚地峠を歩くか考える。みよちゃんが峠を歩きたいと言うので峠へ。「マムシに注意」の立て札を横目に登りはじめる。峠道はきれいに草刈してあり歩きやすい。標高も200m程なのでそれほどキツクない。 塚地トンネルは歩道が広く交通量も少ないから歩きやすいが、やっぱり峠を歩いた方が楽しいね(^o^)丿


峠を下ると宇佐町、漁師町特有の匂いがする。宇佐大橋を渡り海岸を歩く。みよちゃんはこの先の三陽荘に宿泊するらしい。僕も疲れたから三陽荘前の広場にテント張ろう。 
 

22日目(雪渓寺〜種間寺)通夜堂泊 2004年08月02日(月)

                22日目(雪渓寺〜種間寺)通夜堂泊


おはよ! 雪渓寺は立派な本堂造ったよね。去年、鈍足さんと遊びに来たとき、鉄骨剥き出しで工事してて「隠せよっ」って突っ込んどいたけど。  さぁ、今日はどこまで歩けるかにゃ〜。
     鈍足さんのHP 「仏の足跡」 http://f37.aaacafe.ne.jp/~donsoku/index.html


朝を迎えた。 今日は鈍足さんが、高知まで遊びにきているので、雪渓寺で待ち合わせしてます。  鈍さんは、時間どうりやってきた。 「あれっ、ビール持ってい!!」  そう、、この人、いつも片手にビールを握っているんですがお寺の境内では飲まないみたい。  お寺の休憩所に座り込んで、しばしダラダラ。  歩きのお遍路さんをまちぶせする。1時間程で神奈川からの自転車遍路の兄ちゃん、北海道からの歩き遍路の姉ちゃんを捕まえて、写真をパチッ。納め札を交換して解放してあげました。 あんまりダラダラしてると、鈍さん昼寝しちゃうから動き始める。


とりあえず、桂浜に行くことにする。 桂浜行きのバスに乗り込みウキウキ。 国民宿舎「桂浜荘」の手前で下車。
まずは坂本龍馬記念館へ駆け込む。 入り口で、入場チケットを鈍さんに買って頂きダブルラッキー(^o^)丿
入館すると、いきなり龍馬先生がお迎えしてくれていている。 あれはロウ人形だったかな? よくできていた。パソコンゲームで「龍馬ものしりクイズ」に挑戦! 初級は楽々クリア、しかし上級は難問が多くいまいち、、、。


順路に従って地下1階へ。 ここは主に、図書とビデオ上映。 あんまりゆっくりせずに通過。 地下2階へ下る。
おぉ、いきなり勝海舟先生の写真がっ! わぉ、龍馬先生の紋付袴が展示してあるっ! あれはっ!!龍馬先生が携帯してたピストルだっ!!  な〜んだ模型か、、、。  などと、ちょっと興奮しながら見学。 ごじゃんと楽しんだぜよ。


記念館を出てちょっと一服。 鈍さん、ビール飲みたくてウズウズしてる。禁断症状も出はじめたので、急いで桂浜に向かう。 5分ばかり坂を下ると砂浜が広がる。  目の前は見渡す限り太平洋、、、、。  うぅ、、素晴らしいよ、、。あっ、鈍さんのこと忘れてた!  鈍さんがいない、迷子?    いたいた! 桂浜水族館の前の売店でビール飲んでる!僕もビールとおでんを買ってもらう(貰ってばっかり)。  ビールを2,3本飲んでダラダラ。 


「そろそろ帰ろかぁ〜」 鈍さんに促されバス停に向かう。 バス停付近にはたくさんの土産物屋さんが並んでる。どのお店も同じ物しか置いていない気がするが、どうせ買い物しないからどーでもいいや。バスに乗って僕は雪渓寺の近くで下車。 鈍さんはそのまま高知駅へ向かって帰っていっちゃった。


あ〜あ、今日は次の種間寺が限界だなぁ。  まぁ進もうか、、。久しぶりに田畑の中に続くへんろ道を歩く。 高知市内も抜けて春野町に突入。 畑仕事をしているおじさんが話し掛けてきた。「どっから きちゅーが?」 おぉ、、土佐弁だ、、。 「歩きよーがか! がいやにゃー」おぉ、、土佐弁、、。広末涼子もこんな風にしゃべってたんだろうか?  そんなわけないよね。


三十四番種間寺に到着、今日は6qちょいしか歩いていない。 ここのお寺も個人的に好き。 建物自体は鉄筋コンクリート造りで味気ないけど、住職がしっかり納経してくれるし、副住職夫婦が優しい☆   種間寺の薬師如来は、安産の守り本尊として信仰されていて、妊婦さんが柄杓をもってお参りします。柄杓はお寺で三日間祈祷した後、底を抜いて持ち帰らせる。底を抜いて通りをよくするって事だそうです。 無事に出産できたら、再び柄杓はお寺に奉納されます。  大師堂の前に、去年完成したきれいな観音堂があり、観音様の前には、たくさんの柄杓が並べてあります。


さて、今日は遊び疲れたのでここまで! 種間寺の通夜堂で休ませてもらいま〜す。
 

21日目(Mさんの善根宿〜雪渓寺)通夜堂泊 2004年08月01日(日)

  21日目(Mさんの善根宿〜雪渓寺)通夜堂泊


昨夜は泊まりのお遍路さん多かったぁ。  僕ら二人以外に三人いたよ。  Mさんとこの善根宿は冷蔵庫と電子レンジがあって便利! テレビも有る、、、、でも自粛したよ。 天気予報しか観なかった。橋突君、仕事の都合で今日帰っちゃうんだって。 これも縁、どこかで再開しましょう(^o^)丿


Mさんは、石材屋さんの社長ですが、真言宗醍醐派の僧籍を持っている。敷地内に立派な護摩壇が有り、お大師さんと、お不動さんが祀ってある。 社長さん、最近体調が悪そうなので少し心配、、、。


また一人旅、、やっと高知市内に突入します。 今日はお寺が多いからちょっと急いで進みま〜す。


Mさんのトコから1時間程で三十番札所善楽寺に着きました。あまり特徴のないお寺ですが、変わったエピソードを持ってる。昔、ここには「善楽寺」と「神宮寺」というお寺があったそうですが、明治の廃仏毀釈の際、つぶされてなくなったんです。善楽寺の阿弥陀如来や、大師像は初め国分寺に預けられましたが、数年後、本尊だけ安楽寺に移され、安楽寺が三十番札所を名のった。 その後、昭和四年になって、善楽寺は再建され国分寺から大師像を返してもらい三十番札所を再開。善楽寺は「うちが本家だ!!」と主張。安楽寺は「本尊はうちにあるんだ!」と引かなかった。三十番が二ヵ寺あったのね。平成五年以降は、三十番札所は善楽寺で、安楽寺は奥の院となって、一件落着したそうです。 はい!進みま〜す。


植物園の中をつっきって、三十一番札所竹林寺に到着(はやっ!!) 竹林寺もかなりの名刹。ここの本堂は、文殊菩薩を祀ってあるところから文殊堂ともともいう。日本最古のものとといわれている文殊さんは秘仏なので五十年に一度しか拝観できないのが残念。  鎌倉様式の五重塔も素晴らしい!  はい、進みま〜す。


竹林寺がある五台山を下り、下田川沿いを歩く。 遍路橋を渡ってしばらく南下、お寺がみえてきた。  しかし何か違う。真言宗のお寺にしては屋根が高いし、札所にしては小さすぎる。 納経所もないし仁王さんもいない、、、ありゃ? 天理教のお寺でしたわ、、。  あっ〜急いでるのにまぎらわしい。


三十二番札所禅師峰寺の、登り口に到着。 登り口っていっても、標高は82m。 微妙にキツイ登りを5分で駆け上がり境内へ。閑散とした境内、小さな本堂と大師堂、なんかないかな、、、このお寺の目玉みたいなの。  あった、あったよ!!境内の南側に広がる「たいへ〜〜よ〜〜」これは見事。 納経所の冷水器、これは冷たい、ありがたい!  進みま〜す。


三十二番から三十三番へは高知県営のフェリ−を使う。昔の遍路さんも、渡し舟を利用していたそうです。 このフェリ−、1時間に1便程しか運行していない為、タイミングが悪かったら何十分も足止めをくらう。 前もって時間の調整をしとこうね!さて、無事にフェリーにも乗船、しばし船旅を楽しむも5分で対岸に接岸。 程なく三十三番札所雪渓寺に到着。


ここは、臨済宗妙心寺派のお寺。十一番藤井寺と同じ。  ここの名物は、老いたワンちゃんと鶏ちゃんの仲良しコンビ。最近、ワンの方が体調悪そう。  その二匹を世話する納経所のおっちゃん(カッパちゃん)もおもろい! いつも柔軟体操をしています。 このカッパちゃんに捕まったら、話が長いので注意。 


今日は、三十四番まで行くつもりでしたがここまで!  ここの通夜堂をお借りして休みま〜す。  
 

20日目(Tさんとこ〜Mさんとこ)善根宿泊 2004年07月31日(土)

             20日目(Tさんとこ〜Mさんとこ)善根宿泊



おはよ! 昨夜はTさんの善根宿に泊まらせてまらった。Tさんとこは無人の善根宿になってたよ。去年まではTさんの畑仕事を手伝っている方や、おばあちゃんがいたのに、どうしたんだろう?宿泊者は、僕と橋突君以外に若い兄ちゃんがいた。へんろ旅が終わったら、建築の勉強をしにイタリアに行くんだって。


さてさて、今日はなんか歩きたくないななぁ〜、、、。橋突君も同感みたい(ホントかよ?)ダラダラ歩く、、、。2qほど行ったところでこんな看板発見。「お遍路さん、おいしく揚げたお芋をお接待しています。右へ100メートルです」おぉ、、いもの天ぷらかぁ〜、、興味あるけどダラダラモード全開の僕には「右へ100メートルが」じつに痛い。往復200メートルのロスかよぉ。  ヤメヤメ。  


いもをグッとガマンして歩く。  あっ、また看板発見!「へんろさん、御自由に休んで下さい」 僕の思い出の場所だ。ここは以前、三宮さんという地元のおじいちゃんが、善根宿を作ろうとしていた所なの。 5年前僕もお手伝いしました。三宮さんは、3年前、志半ばで亡くなってしまい、鉄骨2階建ての善根宿は完成できなかった、、、、。  今では小さな小屋だけが残っているだけ。  冷蔵庫と電気ポットが置いてあり、冷たいお茶&温かいお茶が飲めます。僕はここでトイレを作る為の穴を掘りました。 2メートル四方、深さ3メートルの大穴でした。 この仕事はムダにならずトイレは完成しました。 今は、三宮さんの意思を継いだ、東京の兄さんが管理してくれてる。


思い出の場所でたっぷり休んでダラダラ歩く、、、。程なく二十九番札所国分寺に到着!。この寺いいなぁ。なんか大好き。土佐随一の名称がホントによく似合う名刹です。 春には大師堂前の「しだれ桜」美しい!!お寺の好みは人それぞれだろうけど、ここの雰囲気は最高(*_*)。 ほしいわ、、、。


はぁ〜、、まだ朝の10時だよ、、。  でも、もう歩きたくないよぉ。  橋突君にも完全にダラダラモードが移ってる。ここで橋突君と作戦会議。 「いかにダラダラするか!」が議題。  ダラダラするための知恵を絞りまくる。僕は考えた、、今日は、この先3q先にある、Mさんの善根宿に泊まる。 しかしだ、まだ10時なんよ、、、。知恵を絞る、、。セコいこと考えさせたら、物凄い力を発揮する僕。


日露戦争時、日本艦隊は世界の脅威、ロシアのバルチック艦隊との交戦を余儀なくされた。日本艦隊参謀「秋山真之」は、ここで、七段構えの作戦を練り上げ、国力5倍とも10倍ともいわれるロシアを打ち破り、バルチック艦隊を蹴散らした。この事により、日本は事実上ロシアに勝利し、弱小国から大国へなる足掛かりを創ることになる。僕の前世は「秋山真之」なのかも、、。 練り上げちゃったよ「ダラダラ三段構え」を!  作戦遂行しま〜す(^o^)丿


一段目、、へんろ道沿いにある「高知県立 歴史民族資料館」に入館。 はっきりいって興味ないけど冷暖房完備だしダラダラには最適!  高知県の農家の営み、高知県の林業、高知県の災害歴、、、、、どうでもいいんだけどなぁ。二段目、、Mさんの善根宿ちかくのローソンで買い物。弁当やお茶を購入。  ちょうどいい場所に集会場があったから遅めのランチをいただく。  三段目、、しばし昼寝。    はぁ、、、最低の遍路やなぁ。


言い訳じゃないんだけど、歩き続けるって大変でさぁ。 自分でも悪いって思っててもだらけちゃうことあるんよ。
そーゆー事で、今日はMさんとこにお世話になりま〜す。
 

19日目(安芸球場駅〜Tさんの善根宿)善根宿泊 2004年07月30日(金)

  19日目(安芸球場駅〜Tさんの善根宿)善根宿泊



おはよーございます。 昨夜は駅で野宿。タイガース電車を眺めながら晩酌しました。  だから今日もダルダルだわ、、。

安芸の町を外れるとサイクリングロードに入る。  自動車が入れなくなっているので歩きやすい。 木陰も多くて夏場も快適に歩けそう。  左手に極楽寺の看板が現われた。二十七番と二十八番のちょうど中間地点にある小さなお寺。四国三十六不動霊場の十五番札所になっている。 「犬が嫌いな方は入らないで下さい」と書かれているが僕は好きなので大丈夫。  予告どおりお寺の中にはたくさんの犬がいた。  去年、お不動さん参りで来たときは、納経所に人がいなくて30分以上待たされた。  でも、ここの奥さんは凄く優しい人で、色んな物をお接待してくれたな。  
   弘法大師霊跡に先住僧師が民衆の幸福、とりわけ航海安全、病気平癒、家内安全などの祈願のため水行の後、一願不動尊として安置したのが由来である。 (四国三十六不動霊場HPより抜粋)


太平洋を眺めながら歩く。 琴が浜で休憩していると、女性二人が立ちすくんでいる銅像発見。 何だろう?と思い近づいてみると中々素晴らすぅぃ〜ものであった。 銅像の題名「お龍、君江姉妹像」 お龍、、、おりょう、、おりょう姉さん?それは東京に住んでたとき飼ってたネコと同じ名前だっ。 とゆーことは、楢崎龍さんだ!!  一部の幕末フリークの方はお気づきでしょう。坂本龍馬先生の嫁はんですわ。  君江さんは妹さんちゅーわけね。 銅像の裏に書かれてある説明を読むと、君江さんがこのへんに嫁いできたそうです(うろ憶えです)。   61へぇぐらい。


あまり変化のないサイクリングロードを歩いていると、橋突君がおもしろいことに気付いた。この辺ジムニ−(スズキの車)がたくさん駐車してある。 「あっ、あの家にも!」 「こっちの広場にも!」 「見て見て!ジムニ−が走ってる!!」「あそこの自動車整備工場の中には2台ある!!」 「おいっ!こっちには廃車になったやつが物置がわりに使われてるぞ!!」ジムニー、、、、かつて僕も購入を考えた車。 2番目に好きな奴なのよ。 この集落の方々とは仲良くなれそうだよ。


「道の駅やす」を横切る。この道の駅、別名を「ヤッシ−パーク」という。僕はここを通るたびに「ヤッシ−」を探している。どんなキャラなんだろう?   去年、鹿児島の根占町にキャンプしに行ったとき、「ネッピ−」なるキャラに出会った。龍の背中にみかんみたいなのが乗っかってるんだけど、龍が「ネッピ−」なのか、乗っかっているみかんの方が「ネッピ−」なのかが解らないのが残念! ちなみにみかんの方は、「いよかんちゃん」にそっくり。  「ヤッシ−」を知ってる人は連絡下さい!


さて、今日はアップダウンがない行程だったから距離が伸びるな。二十八番札所に到着。四番、十三番に続き3つ目の大日寺だ。さっぱりしたお寺であんまり特徴がない。 ここは明治の初め、廃仏毀釈で廃寺になっている。 寺が所有していた山林、田畑はすべて没収されちゃんたそうです。  本尊は、農家に隠して難をのがれたんだって。  山門を右に入っていくと奥の院がある。ここには、お大師さんが爪で彫ったといわれている薬師如来が祀られている。「爪彫り薬師」とも呼ばれてます。


お参りが終わったら疲れちゃった。 今日は、あと3q歩いてTさんの善根宿に泊まりますわ。  バイキーン!
 

18日目(田野町バス停〜安芸球場駅)野宿 2004年07月29日(木)

     18日目(田野町バス停〜安芸球場駅)野宿



おはよ!今日は自衛隊員の兄ちゃんと歩く。 「橋の上でお杖突いたらダメ!」って何度言っても突くから橋突君と呼ぶ。昨夜はちょっと飲みすぎてダルダルの2人。 シュラフとマットを撤収して出発。。


橋突君の話はおもしろい。自衛隊内部のことを色々教えてくれる。  自衛隊、なんだか辛そうなトコだとばかり思ってたけど休みは多いし、残業も少ない、給料ボーナスもたくさん貰えて、ご飯はタダ。 いいよねぇ〜。 しかし一般隊員は29歳までしか勤められないらしく、その後の就職が心配だそう。   再就職むずかしいんだって。
イメージ的には、「おお、自衛隊に勤めてたのかぁ、根性ありそうだなぁ、ハイッ採用!」って感じで優遇されそうだけど、逆みたい。 自衛隊上がりは、休み多い、残業なし、ボーナスたくさんのヌクヌク生活しかしてないから、働いてナンボの企業では必要とされないそう。  そうだよなぁ。。


自衛隊の食事は食べ放題形式らしい。 でも食事のたびに大量の残飯がでるそうです。ちょっと考えてほしいよなぁ。橋突君は「自衛隊を退職したら暴露本を書いてみたいです」と、意気込んでいる。


二十七番札所神峰寺の登り口に着く。打ち戻りになるので荷物を鳥居の脇に置いていくことにする。しばらく歩いていると無明さんが下ってきた。「いやぁ〜、あんちゃん昨日は助かったよ〜」。無明さんは「納経もしてないのに泊まらせてもらうのは気が引ける」と言うので、僕の納経帳を貸していたのだ。納経帳を返してもらって別れる。


神峰寺への登り道は「へんろころがし」に数えられるだけあってかなりキツイ。 でも荷物がないからガンガン登れる。1時間弱で山門まで這い上がってきた。 山門をくぐると手入れのいきどどいた境内。 さらに石段を登ると本堂と大師堂がある。お参りをすませて納経所に行く。 昨日、無明さんが納経したのでここだけ重ね印になってしまった。


奥さんが縁側に通してくれて、お茶とお菓子をいただく。 思い返せば5年前、、、僕の初へんろ旅は「無銭旅」だったの。師匠のY氏に「お大師さんも無銭だったのだから、お前も無銭で歩け!」と言われたんです。フラフラになりながら歩いて神峰寺でヘタリ込んでいると、「泊まっていっていいよ」と言ってくれたのがこの奥さん。 ご馳走も食べさせてくれて有難かった。「あの時はありがとでした(^o^)丿」と言っても「そんなことあったかしら?」と、とぼける。そんなトコもステキ☆


神峰寺を下る。 走って下る。 なぜか下りは走りたくなるのです。 だから走ります。 タッタッタッー♪若い女の子が2人登ってくる。「こんちわぁ〜!」と、挨拶しても「ふにゃ〜〜」としか返ってこない。 かなり辛そう。
今度は若い兄ちゃん2人が登ってきた。 「こんちわぁ〜!!」、、、「はひぃ〜〜」こっちも辛そう、、、。またまた登ってきた、、、、 「こんちわぁ〜!!!」、、、 「ほへぇ〜〜」やっぱ辛いか、、、。


登り口に荷物を取りに行くとザックが7個に増えている? そういえばすれ違ったお遍路さん、みんな荷物もってなかったな!僕等の荷物が目印になったようで、みんな置いていったのね。


安芸の町に入るとちょこっと賑やか。橋突くんと相談してお風呂に行くことにしました。今日は安芸球場で野宿します。  おやすみなさ〜い。
 

17日目(御蔵洞〜田野町のバス停)野宿 2004年07月28日(水)

     17日目(御蔵洞〜田野町のバス停)野宿
  


さて、今日も朝がきた。荷物の少ない無明さんはシュラフを持っていない。その辺の民家で新聞紙をもらってきて両端にガムテープで貼り付けて封筒型の簡易寝袋を作るのです。 朝になったらゴミ箱に捨てていく。  実に無駄が無い!(ココ重要!)


今日まずは、二十四番札所最御岬寺に登るんだけど、、、最近思うとこあって、お寺さんの起縁とか開基とか省こうかなぁ〜と。めんどくさいのもあるんだけど、無駄が多い様な気がして。登場人物がでてくると文章ながくなるし、、。まぁ、要点だけ書いとくようにしますわ。  そんでいいでしょ?


無明さんと歩く。最御岬寺は僕の守り本尊虚空蔵菩薩様がおられるお寺。 拝みたいが秘仏なんです。 ここは明治の初めまで女人禁制のお寺で女性遍路さんは麓から伏し拝んで次の札所へ向かったそうです。 なんか可愛そ。僕は泊まったことないけどココの宿坊は評判いいんです。 その宿坊の前を抜けて下山。


最御岬寺からの下りは絶景です。正面に太平洋、右手にはかすかに安芸の町が。  久しぶりにホクホク顔で歩きます。途中、車遍路さんが「乗っていきませんか?」と声をかけてくれた。 僕は「天気もいいのでのんびりあるきま〜す!」と答えると、車遍路さんは笑顔で手を振ってくれた。  そんな僕に無明さんは不満顔。  「次に誘われたら車乗るよ!」無明さんは乗りたかったみたい。


二十五番札所津照寺に到着。  ここの本尊は楫取り地蔵菩薩。  ちょこっと説明を。慶長七年(1602)土佐の初代藩主・山内一豊が航行中、にわかに暴風雨となり、あわや遭難と思われたとき、一人の僧が現れて巧みに船の楫を取り、無事津の港に辿りついた。一豊は日頃信仰している神仏の加護と思い津照寺に詣でると厨子の中の本尊がびっしょり濡れていた。顔はさっきの僧と瓜二つであった。以来この本尊を楫取り地蔵さんと呼ぶようになり、海で働く者の家族の信仰厚く年中香華の煙は絶えないんだとさ。   いいね。こんな話すき。マンガ日本むかし話にでてきそう(~o~)のほほん。


次のお寺までは4q弱、のんびり歩く。楽しく歩きたいのだが無明さんは相変わらず仏教的な話しかしない。ちょっと飽きてきた。二十六番札所金剛頂寺に着く。  ここには「鯨昌館」というおもろい施設がある。ここのお寺の檀家さんの泉井守一さんが寄贈した物が展示してあるんですが、すべて鯨関係。  8000頭の鯨を捕鯨したことから慰霊と資料を残すために寄贈したんだって。  お寺を下ったら「道の駅キラメッセ室戸」があり、ここにも多少資料あります。


無明さんと歩く、、、、。なんかムカつきながら、、、。  無明さんは僕に言う。「人間欲を持ったら終わりだよぉ〜」僕は、無明さんに喰い付く!「欲を捨てたら人間らしく生きられない!!」 双方意見が違う。「耐えて耐えて耐えて、、、自分を抑制することによって自分の本質を掴んでみなさい。。」と無明さん。「やりたいこと、言いたいこと、気持いいこと、ガマンして何がいいの?人間らしくないやん!」と僕。もちろん、無責任なやりたい放題を肯定したい訳じゃないよ。僕は坊さんじゃないから実践できないし、しないだけ。する気ないし。そんな話をしながら奈半利の町を歩く。


奈半利川を越えると田野町に入る。遠くの山の上になんだか建物が見える。  それはそれは、二十七番神峰寺なんです。もう夕方の4時。僕は登らないけど、無明さんは行くんだと。  神峰寺の奥さんとは仲が良いので電話してみる。「今日、泊まりたいと言っている(ニセ)坊さんがいるんですけど泊めてもらえます?」    奥さん「いいですよっ」無明さんにOKですよっと伝えると、無明さんは元気に神峰寺に向かって歩きだした。


僕は1人になった、、、淋しいなぁ、、。  あれっ!?ちょっと先に遍路さん歩いてる。  ダッシュ!!!
捕まえたよ〜、僕より二つ若い遍路さん。「今日はもうちょっと先まで歩きます!」と言ってるけど「この先なんもないよ〜」っと脅して道連れに、、、、、。   彼は自衛隊員、休みを利用して区切り遍路してるそう。(別名:橋突キラー)今日は田野町のバス停で一緒に野宿!!  飲んだ飲んだ、飲ませた飲ませた。   おやすみなさい!
 

16日目(東洋大師〜御蔵洞)テント泊 2004年07月27日(火)

              16日目(東洋大師〜御蔵洞)テント泊


東洋大師の朝は早い。だって住職のお勤めが5時前から始まって起きないとまずい雰囲気なんだもん。みためも恐いし。そんなわけでアラームなしで起きれるのです。  さて、通夜堂のお掃除して出発しま〜す(~o~)


東洋大師のある野根そ集落を抜けると一気にさびしい一本道。右手に山、左手に海!そんだけ。  3q程歩くと「南無大師遍照金剛」ののぼりが立っている。  ここは僕が遍路と出会った法海上人堂。思い出いっぱい!!
詳しくは数年前にかいた遍路日記をみてちょ ↓ 
        




第一話  発 心 編

僕が四国遍路を始めたのは、自己を見つめ直す精神修行及び限界への挑戦だった。 っというのは嘘で、きっかけは、ただのサイクリング旅だったのです(へへっ)。
僕は旅が好きで、過去にも鹿児島から東京まで歩いたことがあります。そんな僕のもとへ、うれしい情報が!! 歩行者や自転車も渡れるという「しまなみ海道」のことである。坂本龍馬先生の崇拝者でもある僕の頭の中は、しまなみ海道→四国→高知→桂浜→行くべし!! っと単純に結論を出しさっそく出発(^o^)丿


僕の旅のスタイルは、いたってシンプルである。下着3日分、タオル2、3枚、歯ブラシ、石鹸、それしか持たない。地図も本屋やコンビニで立ち読みする。泊まる場所は公園や駅のベンチなど、時には病院の待合室のソファーという、荒技も繰りだす(しかし、守衛さんにつまみ出されることが多い)。


さぁ、神戸を発ったあんちゃん、姫路を抜け、岡山をひた走り、尾道に到着!!何日かかったなんて覚えちゃいない。途中、海水浴にいそしんでみたり、1日中公園で寝ころんだり(バカ丸出し)していたので5、6日はかかったのかな? 尾道からは島渡りの旅が始まる。澄みきった海、豊富な自然、きれいな空気を満喫しながら自転車コキコキ。たっぷり3日かけて今治に到着。あんちゃん、四国に歴史的な第一歩を踏み入れる。


四国に到着はいいのだが、そのときの僕の目的地は桂浜。とりあえず、高松、経由で高知を目指した。四国の道は走りやすい。しかも、海水浴場たくさんがあるので、1日中酒を飲んでごろごろできる(堕落しきった人間である)。こんなんで、ほんとにお遍路ができるのか?っとツッコミを入れたい人もいるだろうが、まぁまぁ話の続を、、、。


四国でも旅は順調に進み高知県に突入!! さぁ、これからである。この先にある「法海上人堂」で、僕は人生における師匠と出会うのだ!東洋町「ゴロゴロ」、山と海だけの一本道。この遥かな一本道の途中に、それはあった。一見、山賊の住処とも見えるテント群。僕は、勇気を振り絞って潜入してみた。すると、突然テントの影から斧を振り上げた漢が襲いかかって、、、、くるわけもなく、そこに居たのは、やさしい顔をした初老の男性1人だけでした。この人こそが、のちに我が師匠となるY氏だ。(Y氏は別格を含めた108番を無銭で2回もまわっている)


僕は、「ここで何をしているんですか?」と聞いてみた。Y氏の話によれば、ここには、法海上人のお堂があったが、数ヶ月前の嵐で大木がお堂に倒れ込んで崩壊した(法海上人だけに?)。それを、高見氏を中心に寄付金とボランティアだけで再建しているという。僕が行ったときは、たまたまY氏だけだったが、ほかにも7人の人が手伝っているようだ。「熱い、熱いぜっ!」 僕はこの人等の活動に、いたく感動した。そんな僕にY氏は言う。「君もお遍路をやってみなさい」 そのとき、僕にためらいはなかった。「僕もやってみます」っとY氏に告げた。


はい、ストップ。ココですココ。 ココが僕の「発心」です。今回のテーマである「発心」にたっと辿り着きましたね。しかし我が師匠は「無銭で、、、」っという無理難題を、、、。(あんたは、将軍様かっ っとつっこんどきゃよかった。)って訳ですよ。僕にとって凄く大切な場所なんです。 【第1話おしまい】


佐喜浜の漁港を歩いていると禅宗のお坊さんの格好をした人が座り込んでいる。「こんにちはっ!」と声をかけると、笑顔が返ってきた。 僕も隣に座り込んでしばし談笑。  この人、歳は僕の3つ上で無明と名乗っている。 お坊さんに興味あるし今日はこの人と歩くよ。


無明さんに聞く。
僕   「何宗の坊さんですか?」「お寺はどこにあるの?」「なんのタメに四国巡ってるの?」
無明  「宗派はない。」    「自分の心の中に」   「それはまだわからないのだ」


禅問答がはじまったのかと思いきや僕は素直につっこんだ。 「あんた、坊さんじゃないでしょ?」  無明さんは素直に「私、ニセ坊主なんだぁ〜」と認めた。  中々おもろいのでつっこみながら歩く。夕方まで歩いててわかったこと、ニセ坊主歴12年、地元(愛知)でも托鉢してる、坊さんの衣は手作り。あ〜おもろい。


無明さんは荷物が少ない。だから歩くのはやい。目的地の御蔵洞まで思ったよりはやく着きました。 今日は一緒に野宿する。僕がお酒を飲んでいると無明さんは不満顔。 「酒はよくないよ〜修行の邪魔になる」と。 いくら咎められても所詮ニセ坊主。気にせず飲む。  パンと牛乳をお接待したら咎めなくなりました。 所詮ニセ坊主。 あ〜おもろい。明日もこの人と歩くことを約束して今日は寝ることにします。  ばいき〜ん!
 

15日目(鯖大師〜東洋大師明徳寺)通夜堂泊 2004年07月26日(月)

     15日目(鯖大師〜東洋大師明徳寺)通夜堂泊


おはよ。昨日の夕方食べるものがなくて困ってたら7〜8歳の女の子がやってきて、「お兄ちゃんご飯食べた?」って近寄ってきました。「食べてないよっ」って答えると「近くの鯖瀬大福食堂のうどん美味しいから食べてきたら?」と。うどんより酒なんだけどなぁ〜っと思いながら渋々食べにいくと、テーブルにさっきの女の子がっ!客引きだったのだ、、、。うどんはいいやっとビールを注文。ちびちび飲んでるとうどんをお接待してもらいました。
  

さて、今日で徳島県ともおさらば。やっと高知だよ。なんで15日もかかってんだろ?鯖大師を出発して4q程歩くと左手に浅川小学校があります。 鯖瀬大福食堂の客引き娘が通っている学校。 校庭で石ころ拾いをしている児童の中に客引き娘を探してみましたが見つからず、、、。


海南町に入るとへんろ小屋第1号があります。地元のかおりおばあちゃんが作った立派な建物。シーズンオフには閉鎖されてしまいますが今日は開いてる。  ちょっと寄ってみよ。


中に入ると昨日みかけた訳あり風の若い兄ちゃんが休憩している。 荷物をみるとザックに色々な物をぶら下げていててっぺんにはダンボールがくくりつけてある。  興味が湧く。。  今日はこいつと歩く!!


訳あり君と歩きはじめる。聞きたいことがたくさんあるが、まずは軽くダンボールの中身が知りたい。 空気穴みたいのが空いているので生き物が入っている可能性が高いのだが、、。 生き物っていっても鳴き声や動く音がしないので、ヘビとかかしら?  う〜ん、考えても仕方ないので聞いてみましょう!


僕  「あのさ〜、、、その箱の中、、、何が入ってるの? 生き物やろ? 空気穴みたいのあるし、、。」
訳あり君  「えっ、これですか?  みます?」
おぉ、意外と簡単に見せてくれるようだ。  訳あり君はザックを下ろしてダンボールを空けてくれた。中から出てきた生き物はっ!!!   ニワトリちゃんでした。 で、何でつれて歩いてるの??


訳あり君は静かに語りだした。  彼は神奈川県出身。高知の山奥にある養鶏施設で働いていたそうだが、ろくに給料も貰えず、いいように利用されていたそうです。辞めたいといっても辞めさせてもらえず、辛くなって逃げ出してきたよう。ニワトリの名前は「ポッポ」、このニワトリも訳あり、、、。  ある日、訳あり君が鶏小屋の扉を閉め忘れしまったそうな。その晩、ネコが忍び込んで「ポッポ」に襲いかかったっ!!  「ポッポ」は足を噛まれて歩行困難に、、、、。その上、ネコに襲われた体験がかなりショックだったらしく、その日を境に玉子を産まなくなってしまったそうです。「僕が扉を閉め忘れなければっ、、、、、」  自分を責めつづける訳あり君。 
不謹慎だがこんな質問してみた。 「腹減ったらポッポたべるの?」  訳あり君は静かに 「はい、、場合によって、、、」ちょっとズッコケそうになりました。


訳あり君、このまま四国放浪しても仕方ないだろうし僕はひとつ提案してみた。海部川の上流に城満寺という禅寺がある。そこに行ってしばらく禅を組んで身の振り方を考えてみては?訳あり君は「是非行きたい」と。  さっそく地図を描いて渡すと、何度も頭を下げながら城満寺へ向かって行っちゃった。<その後、訳あり君は数ヶ月滞在してたみたい。  今はどこにいるのやら?   ポッポは、、、、。>


宍喰の町を越え、水床トンネルを抜けると高知県だ。やっと一国終わった、、。 今日はこの先の東洋大師の通夜堂で休ませてもらいます。  明日は室戸岬までの長丁場。  早起きしてしないと〜。  おやすみなさい。
 

14日目(善人宿〜鯖大師)テント泊 2004年07月25日(日)

  14日目(善人宿〜鯖大師)テント泊


ドライブイン橋本の朝はやはり遅かった、、、。今回はテレビが原因じゃないのよ。昨夜は泊まりのお遍路さん5人。みんな若い歩きへんろ。(僕もかろうじて若いかな?) 楽しいのよぉ。橋本さんがお接待でだしてくれた夕食は想像以上の御馳走! 御櫃に入った麦飯(推定1合半)お惣菜5品。(@_@)みんなでわいわい、もしゃもしゃ食べた。
橋本さんの善根宿はおもろいの。大型バスの廃車を譲ってもらってきて、シートを撤去してスペースを確保。そこに電源を引っ張ってきて照明とテレビがあるの。  布団を敷いても6人ぐらいは楽に泊まれる。


ちょっと寝不足気味だけど今日も出発!  国道55号線をひたすら歩く。 今日は1人歩きになるのかな?1時間程歩いたとこで「やまがわち駅」、そのすぐ脇に打越寺というお寺があります。打越寺には以前泊めて頂いたことがあるのでお礼を兼ねて、お参りしときます。  


55号線を進む。「へがわ駅」過ぎると下り坂が続く。下りきると牟岐橋を渡って牟岐の町にはいる。あっ牟岐駅だ、、、。忘れもしない5年前、初へんろ旅のとき野宿した駅。  駅員さんに「野宿はダメよ」と言われたが「まぁそう言わずになんとかっm(__)m!」っと頭を下げて泊まったのよ。 あの頃はウブだったよなぁ。


遍路シーズンになると牟岐警察署の前に「おへんろさん休憩所」が設けられる。 地元のおばあちゃん達が、お遍路さんにお茶やお菓子をふるまってくれる。 今回もちょこっと寄ってみよ(~o~)仮設テントにテーブルと椅子が並べてあり、常時2〜3人のおばあちゃんが待機している。 おばあちゃんにカメラを向けてみると、「いやぁ〜ん」と両手で顔を塞ぐ。 なにを照れているのか? ためしにもう1人のおばあちゃんにもカメラを。「やめてぇ〜ん!」っとそっぽ向かれた。  牟岐のばあちゃんは照れ屋さんがおおいみたい。


おばあちゃん達と遊んでいると若いお遍路さんがやってきた。 歳を聞くと僕より二つ若い。なんだか訳あり風。ちょっと興味あるけど先を急いで出発!


八坂トンネルを抜けると砂浜が広がる海がみえてきた。ここから先はサーファーのメッカ。サーフィンを楽しむ若者を眺めながら別格四番鯖大師に。 はい手抜きで〜す。 今日は駐車場の東屋にテント張らしてもらいま〜す。


鯖大師の伝説。別格の本みて簡単に書いときます。
日和佐から室戸へ向かう道は、「八坂八浜」といわれる険しい難所でした。この難所でお大師さんが休憩していると、馬の背中に鯖を満載した兄ちゃんが歩いてきたそうな。「一匹ちょうだい?」と大師がお願いすると兄ちゃんは知らん顔で立ち去ろうとした。大師は 「大さかや八坂さかなか鯖ひとつ〜 大師にくれんで馬の腹病む〜♪」  と歌った。この歌がおわると馬が急に倒れた。これを見て怖くなった兄ちゃんはお大師さんに鯖を差し出したそうな!お大師さんは「鯖が欲しいのではなく、欲に眼がくらんでいるあなたの心を糺したのだ。」と言い、鯖に加持祈祷をして(鯖に祈祷、、、ぷぷっ!)海にかえした。死んだ筈の塩鯖(ぷぷっ、、塩鯖だって!)は沖に向かって元気に泳いでいったんだって。  その後、兄ちゃんは改心して仏門に入ったそうですよ。   おしまい。
 


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