コラム記事:【オー・マイ・接待】

〜 オー・マイ・接待 〜へようこそ!

                〜はじめに〜  
 知る人ぞしる…。

  題して『オー・マイ・接待』
お暇な方は覗いてみてください!お暇でない方も毎日1回は覗いてね e(^。^)g_ハッスル!!ハッスル!!

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いざ津照寺へ  4 2005年02月24日(木)

  その仲間というのは、
私の中に折り重なって潜んでいる
無限ともいえる数の別人格たちのことなのだが、
会議が始まると
彼らは一斉に喋りだしてしまった。

「わたしリカちゃんよ!」

「ぼくドラえもん!」

「立て!立つんだジョー!」

「我が巨人軍は永久に不滅です!」

「ワタシたちは普通の女の子に戻ります!」

「この子たちは腐ったミカンなんかじゃない!」

「父さんひどいわ!それじゃあ飛雄馬があまりにも可哀相よ!」

「ちょー、気持ちいい!」

「サーッ!」

「ジャンガジャンガジャンガジャンガ」

などなど……。


これを同時に喋られたものだから
何を喋っているのか全然分からなかった。


     つづく〜☆
 

いざ津照寺へ  3 2005年02月24日(木)

  それに近所の人に見られたら
たとえ私だと気付いてくれたとしても、

「あの家の息子は一体何をやっているんだろう?」

と思われるのは目に見えているから、
私はなかなか行動に移れなかった。

でもここで朝まで待っているわけにもいかない。

それで私は
辺りをキョロキョロ見回して人気のないのを確認すると、
車から降りてトイレに近づき
そっと窓に手をかけ力を込めた。

しかし無情にも
トイレの窓はまるで私を嘲笑うかのように
決して開こうとはしなかった。

私は意気消沈して鼻ちょうちんを膨らませながら
車へと戻った。

そこで私はすべての仲間を召集して
二回目の作戦会議に入った。


      つづく〜☆
 

いざ津照寺へ  2 2005年02月24日(木)

  が、しかし、
サッシ戸は開かなかった。

そこで私は
今度は家の裏にまわって勝手口のドアを開こうとした。

「ガチャガチャ!」

だが、
ドアのノブは虚しく音をたてただけであった。

ここもダメか。

う〜む、何かいい方法はないものか?

私は一旦車の中に入ると腕組みをして
考え込んでいるフリをしてみた。

そのとき車のフロントガラス越しに
トイレの窓が私の目に映った。

確かトイレの片方の窓は鍵をしていなかったよなぁ。

しかしトイレの窓から入る姿は
非常に不自然であるから
怪しい人物だと思われるかもしれない。

零時を過ぎているとはいえ、
ウチの前には県道があって人の目につきやすいのだ。


     つづく〜☆
 

いざ津照寺へ  1 2005年02月24日(木)

  1月22日になったばかりの深夜0時過ぎ、
ある悲劇が私を襲った。

前日までの三日間

「がんばる歩き遍路」

の仕事で徳島を歩いた私が
車を運転して元気よくクタクタになって帰ってきて
戸を開けようとしたところ、
なんと鍵がかかっていて
戸は開かなかったのだ。

そのときの私のショックというものは
計り知れないものであった。

戸の前で呆然と突っ立っていた私は、
しばらくしてようやく我に返ると
別の戸を探ることにした。

まず初めに
母親がいつも宅配の乳酸菌飲料を取るために開け閉めしていたサッシ戸を調査してみた。

私はサッシに手をかけると
横方向に力を入れた。


     つづく〜☆
 

がんばる歩き遍路  273 2005年02月24日(木)

  11番藤井寺を出発したのは昨日よりも9分早かったのだが、
焼山寺駐車場に到着したのは
逆に昨日よりも23分遅かった。

「だから何?」

って聞かれそうだが、
別になんでもない。

ただ書いてみただけである。

並足で6時間かかるとと言われている焼山寺のコースを
6時間39分で歩いたということは、
まずまずと言ってよいだろう。

このコースを3時間半で歩いたという今さんは
化け物である。

でも私はちょっとくやしい。

「焼山寺の遍路ころがしを4時間で歩いたんだぞ!」

と言って吹聴しまくって
散々自慢し倒していたから……。


誠に簡単ではありますが、
これで「がんばる歩き遍路」の話を終えたいとおもいます。


       ----完結----
 

がんばる歩き遍路  272 2005年02月24日(木)

  場所はハッキリしないが
私たちが歩いていると、
さっきの若者が前から歩いてきたのだ。

驚いた私は思わず彼に聞いてしまった

「あなたは天狗ですか?」

すると驚くことに彼は

「はい」

と答えたのだ!

(訂正:天狗ですか?⇒登山の訓練ですか?)

そうなのだ。

彼は訓練のために
あえて焼山寺の遍路ころがしを選んでやってきていたのである。

しかも往復するというのだから本当にバカ、
いや、たいしたものである。

でも彼がなぜ登山の訓練をするのかは聞かなかったので分からない。

もしかすると彼は証券会社に勤めていて、
株価が急激に乱高下したときのショックに耐えるため
ああやって焼山寺の山を登り降りしているのかもしれない。


     つづく〜☆
 

がんばる歩き遍路  271 2005年02月24日(木)

  この日歩いた中でもうひとつ印象に残ったことがある。

それは一本杉庵へ向かう途中の険しい山道で
後ろからものすごいスピードでやってきて追い抜いていった若者がいたことである。

この若者はウチのお客さんではなく、
軽装で金剛杖も持っていない身なりだったので、
遍路であるかどうかも分からなかった。

とにかくその歩くスピードが尋常小学校ではなかったのだ。

まさに飛ぶように歩くといった感じだ。

私たちを追い抜くと
彼は天狗のように飛び去っていってしまった。

一体彼は何物なのだ?

もしかして本物の天狗?

やがてその謎は解けることになる。


    つづく〜☆
 

がんばる歩き遍路  270 2005年02月24日(木)

  遍路ころがしの最後のほうではZさんはひとりだけ遅れてしまい
H添乗員にガードされながら歩くということになっていた。

ある場所で私が振り返ると、
だいぶ離れたところで
Zさんが丁度転倒するところだった。

尻餅をついたZさんは照れ笑いを見せていた。

そのことをKさんに伝えると、

「笑う余裕があるぐらいなら大丈夫!」

と安心していた。

このようにZさんは
最後まで意地を張って誰の助けも借りずに歩き通したのであるが、
そんなZさんのことをこれからは

「やせ我慢爺Z」

と呼ぶことにする。

「永井豪のマジンガーZを知らない人には分からんでしょうが」


    つづく〜☆
 

がんばる歩き遍路  269 2005年02月24日(木)

  そんな風に仲間たちから糞味噌に言われながらも
Zさんは頑張ろうとした。

たぶんみんなから悪く言われたことで、

「負けてたまるか!」

と反発心をかき立てられたのだろう。

ということは、もしかして
あれはZさんの力を引き出すための作戦だったのかもしれない。

けなしたらムキになって頑張るのが分かっていたから……。

Kさんは接客について深く学んでいると言っていた。

詳しくは聞かなかったが、
どうやら一流の芸子さんからも指導を受けているらしい。

彼女が何物で
何のために接客について勉強しているのかは分からないが、
そんな彼女がすることである、
そんな意図があったと考えるほうが妥当だろう。


      つづく〜☆
 

がんばる歩き遍路  268 2005年02月24日(木)

  あるいは

「生活が苦しいからパートに出る」

と奥さんから言われた亭主が

「女房をパートに出させるぐらいなら夫婦はやめる」

と言うようなものか。

そんなZさんのことを
私が

「すごい忍耐力じゃないですか!」

と心にもなく褒めたところ、
Kさんが

「そうじゃないの!年をとって頑固になっているだけなの!」

と波田陽区ばりに
バッサリと斬り捨ててしまった。

KさんがZさんにそんな憎まれ口をたたくのは、
それだけZさんとは親しい間柄ということか。

KさんとZさんにあと数人を加えたグループは
とても打ち解けているように見えた。

このツアーに参加する前からの友人のようにおもえるぐらいだった。


      つづく〜☆
 


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